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O Lamm gottes, unschuldig《神の小羊よ、汚れなきかな(十字架の上にほふられたまいし)》


O Lamm gottes, unschuldig
神の小羊よ、汚れなきかな*1
Am Stamm des Kreuzes geschlachtet,
十字架の真中にて屠られ給いし。
Allzeit funden geduldig,
四六時中を耐え忍び給いぬ、
Wiewohl du warest verachtet;
御身の嘲笑われしを。
All Sünd hast du getragen,
よろずの罪をば御身に負い給わざれば、
Sonst müßten wir verzagen.
我らおののくは必定(ひつじょう)なり。
Erbarm dich unser, o Jesu.
我らを憐れみ給え、イエスよ!

O Lamm Gottes im Staube,
神の小羊よ、塵(ちり)のうちに
Mit Blut und Thränen bedecket,
血と涙にまみれ給う。
Dein tröste sich mein Glaube,
御身の慰めこそわが信仰なり、
Wenn Tod und Sünde mich schrecket,
死と罪とが我をおびやかすとも。
Dein Ringen, Seufzen, Klagen,
御身のいばらの冠、吐息、うめき
Dein Todeskampf, dein Zagen
御身の死、死相をば
Sei meine Ruhe, Herr Jesu.
わが安らぎとなしたまえ、主イエスよ!

O Lamm Gottes, unschuldig
神の小羊よ、汚れなきかな
Trugst du die herbe Verhöhnung
御身はかくも辛辣なるなぶりを受け給えり。
Und immer so geduldig
また御身はかくも絶えず忍び給えり、
Zu meiner Sünde Versöhnung.
わが罪を清めんがために。
Dein Bild schreck mich von Sünden,
御身のみ姿こそ我をして罪を恐れさしめ
Dein Bild soll mich verbinden
御身のみ姿こそ我を連ならせしめん、
Zu ewger Liebe, Herr Jesu.
とわの愛へと、主イエスよ!

*1 イエスの呼び名のひとつ、洗礼者ヨハネがイエスを指して「見よ、世の罪を除く神の小羊だ」(新約ヨハネによる福音書1:29)と言った故事にちなむ。また、いけにえとしてささげられるものでもある。→The Lamb《仔羊》

text&tune: Nikolaus Decius(1485-1546)

ルター派にとって重要な聖歌。ただし2番以降の歌詞が使用されることはあまりないようである。
イースター直前の受難節に使用される。

フランシスコ・デ・スルバラン「神の小羊」
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おまけ:いろんな編曲の《神の小羊》
Johann Eccardによる編曲。アマゾンではセットでしか販売していない模様。

Norddeutscher Kammerchor, Maria Jürgensen
収録アルバム: Eccard: Mein schönste Zier


バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエルによる「聖ルカ受難曲」の中の《神の小羊》
Daniel Gloger
収録アルバム: Bach, C.P.E.: St. Luke Passion


少年愛を世に認めさせた少女マンガの金字塔、『風と木の詩』の章の一つに「神の子羊」があり、その中でこの歌詞の日本語訳(2番)が引用されている。また、作者の構想に協力した増山のり子氏のスピンオフ作品のタイトルも『神の子羊』。
あれってフランスじゃなくてドイツが舞台の方が良かったんじゃないかなとちょっと思っている。先生たちのキャラデザモデルがみんなドイツの作曲家の作曲家だし。


日本語訳詞:
十字架の上に ほふられ給いし
こよなく清き み神の小羊
わがため悩みを 忍び給いし
み恵み げにもとうとし

十字架の上に ほふられ給いし
こよなく清き み神の小羊
み救いあらずば 罪のこの身は
滅びを いかでまぬがれん

十字架の上に ほふられ給いし
こよなく清き み神の小羊
乏(とも)しくか弱き 我を憐れみ
安きを 常に給えや

Chamber Choir of Europe & Nicol Matt
収録アルバム: Choral Classics: Bach (Chorales), Vol. 2/3

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by CockRobin96 | 2017-03-20 10:08 | Trackback | Comments(0)

Als ich bei meinen Schafen wacht《羊たちの番をしているさなかに目覚めると》



Als ich bei meinen Schafen wacht,
羊たちの番をしているさなかに目覚めると
ein Engel mir die Botschaft bracht.
ひとりの天使がわたしに知らせてくれた

*Des bin ich froh,
*わたしには嬉しいこと
(bin ich froh,)
 (わたしは嬉しい)
froh, froh, froh,
 嬉しい、嬉しい、嬉しい!
(froh, froh, froh!)
(嬉しい、嬉しい、嬉しい!)
Benedicamus Domino!
 主をたたえよ!
(Benedicamus Domino!)
 (主をたたえよ!)


Er sprach: „Der Heiland Jesus Christ
天使は語りかけた、「救い主なるイエス・キリストが
zu Betlehem geboren ist!“
ベツレヘムにてお生まれになった!」
*Refrain
*繰り返し

„Das Kindlein liegt in einem Stall
「幼子は馬小屋の中で眠っておられる
und will die Welt erlösen all.“
そしていずれ全世界をあがなわれるのだ」*1
*Refrain
*繰り返し

*1 ユダヤ教及びキリスト教に出てくる概念。「あがない」はもともと人手に渡った財産を買い戻す、身代金を払って奴隷を解放する、生け贄や金銭を払って罪をつぐなうという意味。ユダヤ教では異民族の奴隷となったイスラエルの民を解放する者として神をあがない主と呼び、キリスト教では罪から人類を解放する者としてキリストを指す。

text & tune: ドイツ民謡

謎の羊飼い推し。

ベリー公のいとも豪華なる時祷書より 羊飼いへのお告げ
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Rundfunk-Kinderchor Berlin
収録アルバム: Weihnachtskonzert aus dem Berliner Schauspielhaus


歌詞は別バージョン
Rundfunk-Jugendchor Wernigerode
収録アルバム: Lasset uns frohlocken! (Weihnachtliche Chormusik aus fünf Jahrhunderten)

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by CockRobin96 | 2016-12-23 10:58 | Trackback | Comments(0)

Vom Himmel hoch, da komm ich her《高き天より、我は来たれり(いずこの家にも)》


Vom Himmel hoch, da komm ich her.
高き天より、ここへやって来ました
Ich bring’ euch gute neue Mär,
良き知らせをあなたがたにもたらすために
Der guten Mär bring ich so viel,
わたしが持って来たのはとても良い知らせ
Davon ich singn und sagen will.
伝えるためにわたしは歌いましょう

Euch ist ein Kindlein heut’ geborn
あなたがたのために今日幼子がお生まれになった
Von einer Jungfrau auserkorn,
それもひとりの若きおとめから
Ein Kindelein, so zart und fein,
その幼子はそれは優雅で上品で
Das soll eu’r Freud und Wonne sein.
その喜びと幸いとがあなたがたのものになるのです

Es ist der Herr Christ, unser Gott,
この子こそが主なるキリスト、わたしたちの神
Der will euch führn aus aller Not,
必要な時はいつもあなたがたを導いてくださる
Er will eu’r Heiland selber sein,
この子があなたがたの救い主となられ、
Von allen Sünden machen rein.
全ての罪人を清くしてくださるのです

text: Martin Luther(1483-1546)
tune: ドイツ民謡をルターがアレンジしたものと伝えられる

天使は言った。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。」
(ルカによる福音書 2:11-12)

世界史で宗教改革について勉強するときに必ず登場する、ルター派の基礎となったマルティン・ルターによる作詞。ルターは「聖書に書かれていないことは認めることができない」という姿勢により、宗教改革の中心人物になった。特に「聖職者が結婚しちゃいかんのか?」のあたり。41歳の時に26歳の修道女と結婚し、子供をもうけている。羨ましい。その他、教皇制度や当時横行していた免罪符の販売を非難し、ついにカトリックから破門されるが、世俗の君主らに庇護され、聖書のドイツ語訳や聖書講義など精力的に活動し続けた。ルター派(ルーテル派)は聖書と信仰を重視するが、カルヴァン派の聖書重視に比べると信仰重視の度合いが強い。
礼拝においては積極的に賛美歌(聖歌)の歌唱を奨励し、自らリュートをとって作詞・作曲した。よく知られている聖歌としては、《いずこの家にも》の他《神はわがやぐら》がある。ルター派の聖歌はコラールと呼ばれる。
なお、みんな大好きJ.S.バッハは一族揃ってルター派であり、職場であるライプツィヒの教会付き音楽家として、多数のコラールをアレンジした。


ルーカス・クラナッハ「ルター」
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日本語歌詞:
いずこの家にも めでたきおとずれ
伝うるためとて 天(あめ)よりくだりぬ

マリアのみ子なる 小さきイエスこそ、
み国にこの世に 尽きせぬよろこび

神なるイエスこそ 罪とが清むる
傷なき子羊 救いの君なれ

Rundfunk-Jugendchor Wernigerode (Kammerchor)
収録アルバム: Telemann, Vivaldi, Handel & Fasch: Altdeutsche Weihnachten - Konzert am Heiligabend

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by CockRobin96 | 2016-12-19 23:01 | Trackback(1) | Comments(0)

Lobe den Herren《力の主をほめたたえまつれ》


Lobe den Herren,
主をたたえよ、
den mächtigen König der Ehren,
万能の栄光の王を、
meine geliebte Seele,
わが魂の恋人、
das ist mein Begehren.
これこそわが恋焦がれるもの。
Kommet zuhauf,
続々と来たれ、
Psalter und Harfe,
琴と竪琴よ*1
wacht auf,
目覚めよ、
lasset den Lobgesang hören!
その賛歌を聞かせよ!

Lobe den Herren,
主をたたえよ、
der alles so herrlich regieret,
万物をかくも誉れ高く知ろしめすお方を
der dich auf Adelers Fittichen
あなたを鷲の翼に乗せ*2
sicher geführet,
安らわせ、
der dich erhält,
あなたを支えてくださる、
wie es dir selber gefällt;
主の御心のままに。
hast du nicht dieses verspüret?
あなたはそれを感じないのか?

*1 琴は「プサルテリウム」とも。詩編(プサルテル)の伴奏によく使われているからこの名がついたらしい。
 プサルテリウムによる演奏

*2 AdelerはAdlerの古いつづり。Adlerはドイツ独特の呼び方で鷲のこと。アドラー先生ではない。

text: Joachim Neander (1650–1680)による詩篇103及び150を基にした聖歌
tune: Joachim Neanderによるメロディの、Hugo Distler(1908-1924)によるアレンジ

本当は4番くらいまで続く。ネアンダーはドイツの神学者で賛美歌作者。デュッセルに住んでいた頃、近所にあった谷がお気に入りで、ここで詩作にふけったり、講演会を開いたりしていた。その谷は19世紀に彼を記念して「ネアンデルタール」(ネアンデル谷)と名付けられた。つまりネアンデルタール人の遠い名付け親だったんだよ! 人気者だったが、わずか30歳で結核のため夭逝した。

ディストラーは近代の作曲家で、古い聖歌をアレンジする手法を得意とした。《エサイの根より》も手がけている。

《力の主を》は重要な賛美歌の一つとみなされ、バッハによるカンタータの主旋律にも使用された。


力の主を ほめたたえまつれ
我が心よ、今しも目覚めて
竪琴(たてごと) かき鳴らしつつ
御名(みな)をほめまつれ

救いの主を ほめたたえまつれ
御言葉もて 我が身を励まし
悩みに 勝たしめ給う
みいつ類(たぐい)なし


Leipziger Universitaetschor, Pauliner Kammerorchester, Wolfgang Unger
収録アルバム: Distler: Liturgische Sätze

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by CockRobin96 | 2016-04-29 21:27 | Trackback | Comments(0)

The Heavens are telling the glory of God《天は神の栄光を語り》


*The Heavens are telling the glory of God,
 The wonder of his work displays the firmament.
*天は神の栄光を語り、
そのみ手のわざは大空に顕(あら)わされる。

Today that is coming speaks it the day,
The night that is gone to following night.
日は日に言葉を語り継ぎ、
夜は夜に知識を送る。
 
*Refrain
*繰り返し

In all the lands resounds the word,
Never unperceived, ever understood.
そのみ言葉は全地に響く、
決して目に見えず、理解することもできないが。

*Refrain
*繰り返し

text: 詩篇19:02-04
tune: Franz Joseph Haydn(1732-1809)

ハイドンの代表作『天地創造』のうちの一曲。聖歌《果てしも知られぬ大海原》に編曲された。
ロンドンに滞在し、ヘンデルのオラトリオに感動したハイドンが「自分もなんかこういうの作ろう」と思ったらしい。
もともとミルトンの『失楽園』を基にした英語の台本をドイツ語に直したものなので、英語とドイツ語の両方がある。


収録アルバム: Haydn: The Creation

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by CockRobin96 | 2016-04-10 21:46 | Trackback | Comments(0)

Cantate Domino《主に向かいて歌え》Hasslar


Cantate Domino
主に向かいて歌え
Canticum Novum
新しき歌を

Cantate Domino
主に向かいて歌え
omnis terra
全地よ

Et benedicite
祝せよ
nomini eius;
主の御名を。

Annuntiate
宣べ伝えよ
Annuntiate de die in diem
日々宣べ伝えよ
salutare eius.
主の救いを。

Annuntiate
宣べ伝えよ
Annuntiate inter gentes
よろずの国民(くにたみ)に宣べ伝えよ
gloriam eius,
主の栄光を、

in omnibus populis
諸人(もろびと)に
mirabilia eius.
主の不思議な御業(みわざ)を。

text: 旧約聖書詩篇96:1-3
tune: Hans Leo Hasslar(1562-1612)後期ルネサンスのドイツの作曲家

Voices of Ascension Chorus
収録アルバム: Choral Music - Beyond Chant Mysteries of the Renaissance


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by CockRobin96 | 2016-02-22 21:05 | Trackback | Comments(0)

Maria durch ein Dornwald ging《いばらの森のマリア》


Maria durch ein Dornwald ging,
Kyrie eleison.
Maria durch ein Dornwald ging,
der hat in sieben Jahrn kein Laub getragen.
Jesus und Maria.
マリアはいばらの森をゆく
(主よ憐れみたまえ)*1
マリアはいばらの森をゆく、
七年のあいだ葉もつけない森を。
(イエスとマリアよ)

Was trug Maria unter ihrem Herzen?
Kyrie eleison.
Ein kleines Kindlein ohne Schmerzen,
das trug Maria unter ihrem Herzen.
Jesus und Maria.
マリアの胸の下にあるのは何?
(主よ憐れみたまえ)
小さなかわいい幼子を、痛みもなく
マリアは胸の下に身ごもっていた。*2
(イエスとマリアよ)

Da haben die Dornen Rosen getragen,
Kyrie eleison.
Als das Kindlein durch den Wald getragen,
da haben die Dornen Rosen getragen.
Jesus und Maria.
そのときからいばらは花をつけるようになった
(主よ憐れみたまえ)
幼子が母君と森を通り過ぎたときから
いばらは花をつけるようになった。
(イエスとマリアよ)

*1 キリスト教の礼拝で使われる短いが重要なギリシャ語の祈り。憐れみの賛歌とも。
*2 「抱きかかえている」と解釈する向きもある。ドイツ語にくわしい人カモン。

text & tune: 1850年頃のドイツ民謡

樹木に関連する奇跡を題材とした別の民謡に《さくらんぼの木のキャロル》がある。

原信子による日本語訳詞
マリヤはあゆみぬ
キリエ・エレイソン
茂る森かげの
いばらのこみちを
キリエ・エレイソン

胸にいだけるは
キリエ・エレイソン
まどろむおさなご
平和のイェスきみ
キリエ・エレイソン

いばらの枯れ木も
キリエ・エレイソン
血に染みしあとに
清き花咲きぬ
キリエ・エレイソン

Leipzig Thomaner Choir
収録アルバム: Christmas In Heaven


おまけ(いやこれは全然関係ないだろ)

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by CockRobin96 | 2015-10-28 21:44 | Trackback | Comments(0)

O for the wings of a dove《鳩のように飛べたなら》


O for the wings of a dove!
Far away would I rove!
In the wilderness build me a nest,
And remain there for ever at rest.
わたしに鳩の翼があったなら、
はるか彼方へさすらいゆくのに!
そして荒れ果てた地に巣をひとつかけて
とこしえにとどまって安らぎたい。

text: 詩編55:07-08
tune: Felix Mendelssohn Bartholdy(1809-1847)

本来は10分もあるドイツ語のアンセムHör mein Bitten《わが祈りを聞き給え》の、後半部分O könnt' ich fliegen《鳩のように飛べたなら》を独立させて英訳したもの。もちろんドイツ語版もある。技巧を要求されるソプラノ独唱(もしくは合唱が付随)で、ボーイソプラノの見せ場。
1980年頃に一世を風靡したボーイソプラノ歌手アレッド・ジョーンズ(当時はいかにもイギリスっぽい美少年だった&ジュネ全盛だった)のレコードが日本に紹介された際、このタイトルで知られるようになった。なお、アレッドは声変わり&激太り後紆余曲折を経て今はテレビリポーターに落ち着いている。よかったね。

Aled Jones
収録アルバム: Ave Maria


余談だが、『ねじの回転』で知られる作家ヘンリー・ジェイムズの長編小説に『鳩の翼』というのがある。貧しい恋人との結婚を反対されている没落貴族の娘ケイトは、身寄りがなく死病を患っているが裕福なアメリカ娘ミリーと友人になる。ミリーが自分の恋人に好意を寄せていることに気づいたケイトは、わざと恋人をミリーに接近させ、その財産を譲らせようと企む。ミリーはその企みに気づきつつも、遺産をふたりに残して死ぬ。タイトルとなっている「鳩の翼」は詩編55編からとられているのだが、これは信頼する味方から裏切られ、迫り来る脅威からの救済を祈り、そして裏切り者への復讐を願う詩なのである。ミリーは復讐することなく鳩のように三角関係から飛び去り安住の地を得るが、残されて希望通りに財産を手にしたふたりの後の破綻を予感させて物語は終わる。

ウィーン少年合唱団によるドイツ語版



オックスフォードニューカレッジ聖歌隊版



おまけ
古き良きジュネ時代を思わせる耽美な美少年たちを描く鳩山郁子の挿絵による、長野まゆみによるヤング向け絵本。《鳩のように飛べたなら》が劇中歌として登場する。

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by CockRobin96 | 2015-02-01 10:54 | Trackback | Comments(0)

In Dulci Jubilo a8《八声の甘き歓びのうちに(もろびと声あげ)》ドイツ語版


In dulci jubilo,
甘き歓びのうちに、

Nun singet und seid froh!
今ぞ歌い喜べ!
Unsers Herzens Wonne liegt
我らの心は至福に満ちる、
in praesepio,
ひとつのうまぶねのうちに。
*1
Und leuchtet als die Sonne
太陽のごとく輝き
Matris in gremio,
み母の膝におられる方、
*2
Alpha es et O!
アルファにしてオメガ!
*3

*1 飼い葉桶。
*2 gremioは基本的に膝を指すが、胸、胎内など女性が子供を守り育むような奥まった場所にも使う。
*3 「わたしはアルファであり、オメガである。/最初の者にして、最後の者。/初めであり、終わりである」(ヨハネの黙示録22:13)。ギリシャ語でアルファはA、オメガはZ。最初と最後の意。

text&tune: 14世紀頃のドイツのキャロルをMichael Praetorius (1571-1621) が編曲

ドイツで古くから愛されるクリスマスキャロル。日本では「もろびと声あげ、よろこびたたえよ……」の訳詩で歌われる。マカロニック、雅俗混合体などと呼ばれる、異なる言語をごちゃまぜにした歌詞を持つキャロル。採取し編曲したM・プレトリウスは《エサイの根より》の人でもある。親しみ深いメロディーは多くの作曲家に愛され、大バッハ、ブクステフーデ、リストなどにアレンジされている。
英語のピアソル版も参照のこと。

BWV608


日本語訳詞:
諸人(もろびと)声上げ
喜びたたえよ
神の恵み
この世に現れ
ダビデの村の
いぶせき馬屋(うまや)に
清き御子は
生まれたもう

諸人声上げ
喜びたたえよ
天(あめ)の扉
今しも開かれ
尽きぬ恵みを
身に帯び給いて
清き御子は
生まれたもう

諸人声上げ
喜びたたえよ
死の恐れを
追いやり給いて
よきおとずれを
あまねく伝(つと)うる
清き御子は
生まれたもう

3声


(いろんな《甘き歓びのうちに》を集めたアルバム)

8声



bwv608


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by CockRobin96 | 2014-12-09 23:13 | Trackback | Comments(0)

Es ist ein Ros entsprungen《エサイの根より》



Es ist ein Ros entsprungen
aus einer Wurzel zart,
wie uns die Alten sungen:
von Jesse kam die Art
und hat ein Blümelein bracht
mitten im kalten Winter
wohl zu der halben Nacht.
ひとつの若芽が萌えいでた、*1
ひとつのかぼそい根から。
父祖たちが歌い伝えたように
エッサイの血筋から。*2
そしてそれはかわいい花を咲かせた、
寒い冬のさなかに、
深い夜のさなかに。

Das Blümelein, das ich meine,
davon Jesaja sagt,
hat uns gebracht alleine
Marie, die reine Magd;
aus Gottes ew'gem Rat
hat sie ein Kind geboren,
welches uns selig macht.
わたしの語るかわいい花、
イザヤの預言したその花、*3
それをもたらした若芽こそは
マリア、清らかなおとめ。
わたしたちの神の限りない思し召しが
彼女にひとりのみどりごを産ませ給うた、
わたしたちを幸(さき)わうみどりごを。

Das Blümelein so kleine,
das duftet uns so süß,
mit seinem hellen Scheine
vertreibts die Finsternis:
Wahr' Mensch und wahrer Gott,
hilft uns aus allen leiden,
rettet von Sünd und Tod.
そのかわいい花はそれは小さく、
その香りはわたしたちに甘く匂う。
その明るい光によって
暗闇は追い払われる。
これこそまことの人にしてまことの神、
わたしたちを全ての苦しみから助け出し
罪と死から救われる方。

*1 Rosは本来「芽」を意味するが、ドイツ人でも「ばら」と誤解する人は多い。また、ばらと解しても問題はない。芽はマリア、花はイエスを指す。
*2 エッサイ(エサイ)は旧約聖書サムエル記に登場する英雄、ダビデ王の父。ベツレヘム出身で、羊飼いの一族であった。キリスト教以前のユダヤ教では救い主はダビデ王の血筋から生まれ、ベツレヘムにあらわれるとされていた。マタイによる福音書の冒頭で、イエスの血筋が長々と語られるのは、イエスがダビデ王の子孫であることを強調し、正当な救い主であることを示すため。民間伝承ではマリアもダビデ王の血筋に連なるとしている。
*3 旧約聖書を代表する預言者のひとり。ユダヤの民に対する警告、来たるべき救世主と公正な世界の到来を預言した。その預言『イザヤ書』に登場する、人々に軽蔑され処刑される謎めいた人物「苦難の僕(しもべ)」はキリストの受難を予告しているとされる。

text & tune: 16世紀ドイツ民謡をMichael Praetorius (1571-1621)が編曲

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち
その上に主の霊がとどまる。
知恵と識別の霊
思慮と勇気の霊
主を知り、畏れ敬う霊。
彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。
目に見えるところによって裁きを行わず
耳にするところによって弁護することはない。
弱い人のために正当な裁きを行い
この地の貧しい人を公平に弁護する。
その口の鞭をもって地を打ち
唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。
正義をその腰の帯とし
真実をその身に帯びる。
(イザヤ書 第11章1-5節)

ドイツのライン地方に伝わるキャロルで、文献初出は1599年。ミヒャエル・プレトリウスが1609年に修正・編曲して自分の歌集に加えた。もとは聖母賛歌で歌詞が23節もあったが、プレトリウスがイエス寄りの歌詞を抜粋して2節に押さえた。以降ドイツのキャロルとして最もよく知られるもののひとつとなった。

フーゴー・ディストラーによる《エサイの根より》アレンジ
ディストラーは20世紀初期のドイツの作曲家。既存のメロディに可憐なアレンジを加える古い手法を得意としたが、戦争や仕事やナチのプレッシャーで精神を病み、34歳の若さで自殺した。


日本語訳:
エサイの根より
生(お)いいでたる
くすしき花は
咲きそめけり。
わが主イエスの
うまれたまいし
このよき日よ。

イザヤの告げし
すくいぬしは、
きよき母より
うまれましぬ。
主のちかいの
今しも成れる
このよき日よ。

妙(たえ)にとうとき
イエスの御名の
香りは遠く
世にあまねし。
いざやともに
よろこびいわえ、
このよき日を。

ヘラルド・ダヴィット『エッサイの樹』
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Amarcord
収録アルバム: Medieval and Renaissance: Vocal Music for the Christmas Season





ディストラー版の連作


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by CockRobin96 | 2014-12-07 18:43 | Trackback | Comments(0)