Ubi Caritas et Amor《慈しみと愛のあるところ》


Ubi caritas et amor, Deus ibi est.
慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる。
Congregavit nos in unum
わたしたちはひとつに集まる、
Christi amor.
キリストの愛のもとに。

Exsultemus et in ipso jucundemur.
歓び踊れ、この喜悦によって。
Timeamus et amemus Deum vivum.
畏れつつ熱愛せよ、生きておられる神を。
Et ex corde diligamus nos sincero.
そしてわたしたちも心から清く愛し合おう。

Ubi caritas et amor, Deus ibi est.
慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる。
Amen.
アーメン。

text: 10世紀グレゴリオ聖歌
tune: Maurice Duruflé (1902-1986)

夕食のときであった。
既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。
イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。
シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、
「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。
イエスは答えて、
「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。
ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、
「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。
そこでシモン・ペトロが言った。
「主よ、足だけでなく、手も頭も。」
イエスは言われた。
「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。
あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」
イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。
それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。
(ヨハネによる福音書 第13章2-11節)
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フォード・マドックス・ブラウン(1821-1893)「ペテロの足を洗うキリスト」

聖洗足木曜日のためのグレゴリオ聖歌をもとにデュルフレが編曲したモテット。弟子たちの足を洗ってイエスの謙遜を示すというエピソードは、『ヨハネによる福音書』にのみある。「最後の晩餐」を記念し、この日から続く受難日を含む週を「受難週」「聖週間」と呼び、血の色をあらわす赤色の祭壇布をかかげる。

フランスのオルガン奏者にして作曲家のデュルフレは、グレゴリオ聖歌からの引用を多用する作風で知られる。長命ながら、演奏家としての活躍がメインだったことと、自動車事故の後遺症で作品数は少ない。

参考用 グレゴリオ聖歌原曲


Choir of St John's, Elora
収録アルバム: A Choral Wedding


収録アルバム: Durufle: Requiem / 4 Motets / Prelude and Fugue



おまけ:ノルウェー出身アメリカ在住の新進作曲家オラ・イェイロ(Ola Gjeilo 1978-)によるUbi Caritas


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by CockRobin96 | 2015-04-01 22:56 | Trackback | Comments(2)
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