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This Is the Record of John《ヨハネの証はかくの如し》


This is the record of John,
when the Jews sent priests and Levites
from Jerusalem
to ask him:
Who art thou?
And he confessed and denied not,
and said plainly:
I am not the Christ.
ヨハネの証(あかし)はこうである、
ユダヤ人たちが司祭とレビ人を*1
エルサレムから遣わした、
彼に尋ねるために、
「あなたは誰だ?」と。
彼は公言して拒むことなく
はっきりと言った、
「わたしはキリストではない」と。

And he confessed and denied not,
and said plainly:
I am not the christ.
彼は公言して拒むことなく
はっきりと言った、
「わたしはキリストではない」と。

And they asked him:
What art thou then?
Art thou Elias?
And he said: I am not.
Art thou the prophet?
And he answer'd: No.
そこで彼らはヨハネに尋ねた、
「それではあなたは何なのだ?
 あなたはエリヤか?」*2
ヨハネは言った、「違う」と。
「あなたは預言者か?」
ヨハネは答えた、「否」と。

Then said they unto him:
What thou?
That we may give an answer unto them
that sent us.
What say'st thou of thy-self?
And he said: I am the voice of him
that crieth in the wilderness:
Make straight the way of the Lord.
そこで彼らはヨハネに向かって言った、
「あなたは何者だ?
 わたしたちは答えを持って行かなくては、
 わたしたちを遣わした人たちに。
 あなたは自分を何だと言うのだ?」
ヨハネは言った、「わたしは預言者の言う、
 荒れ野で叫ぶ声である、
『主の道をまっすぐにせよ』と。」

And he said:
I am the voice of him
that crieth in the wilderness:
Make straight the way of the Lord,
the way of the Lord.
ヨハネは言った、
「わたしは預言者の言う、
 荒れ野で叫ぶ声である。
『主の道をまっすぐにせよ』、
『主の道をまっすぐにせよ』と。」

*1 イスラエル神殿における祭司の一グループ。祭司職を司ったレビ族を源流とするとされ、初期は祭司と同義であった。旧約聖書『出エジプト記』に登場するモーセとその兄アロンはレビ族の出身で、アロンの直系子孫のみを大祭司と定めたため、傍系のレビ人は次第に下級の祭司あるいは神殿の下働きに転落していった。

*2 旧約聖書『列王記』に登場する重要な預言者。当時の王妃イゼベルが信仰する異教の神々の預言者たちと雨乞い合戦をして勝つが、イゼベルに憎まれ山に隠遁する。最後は火の馬がひく炎の戦車に乗って天へ上げられる。偉大な預言者として非常に重視され、救世主とともにエリヤの再来があると信じられた。

text: ヨハネによる福音書1:19-1:23
tune: Orland Gibbons (1583-1625)

呼びかける声がある。
主のために、
荒れ野に道を備え
わたしたちの神のために、
荒れ野に広い道を通せ。
谷は全て身を起こし、
山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、
狭い道は広い谷となれ。
(イザヤ書 第40章3節)

幼子よ、
お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。
主に先立って行き、その道を整え、
主の民に罪の赦しによる救いを
知らせるからである。
(ルカによる福音書 第1章76-77節)

洗礼者ヨハネはイエスに先立って現れ、悔い改めを人々に促したとされる人物。イエスに洗礼を授けた。『ルカによる福音書』によれば、ヨハネの母エリサベトはイエスの母マリアの遠い親戚なので、ヨハネはイエスの親戚で半年ほど年長ということになる(→《ト音のマリアの賛歌》。身分の高い祭司の子でありながら、毛皮を着て野に暮らし、人々に洗礼を授けていた。ヘロデ大王の後をついだヘロデ・アンティパスとその兄嫁へロディアの結婚を批判し、ヘロディアに恨まれて斬首された。ということになっているが、単純にヘロデ・アンティパスのみによる政治的決断という説もある。
西洋美術では毛皮をまとい、イエスを象徴する子羊、あるいは十字架を持ち物とする。普通は伸びっぱなしの髪と髭を持つ原始人みたいにワイルドな成人男性として描かれるが、若く美しい少年や青年、あるいは聖家族の一員として幼児の姿で描かれることも少なくない。ダ・ヴィンチ、カラバッジョなどが美少年ヨハネ派である。どう見てもショタコンです本当にありがとうございました
ヘロディアは娘のサロメをそそのかし、ヨハネの首を所望させることでヨハネを殺害したが、男の首を持つ美女というグロテスクな画題は古くから人気があった(旧約聖書のユディトから流用がきくこともあって。同じポーズで二枚描けるじゃないか!)。オスカー・ワイルドはサロメを主役とし、首だけになった美青年に口づけする恐ろしい美女『サロメ』の戯曲を書いて一世を風靡した。

ラファエロ『荒野の洗礼者ヨハネ』
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by CockRobin96 | 2014-11-30 22:09 | Trackback | Comments(0)

Toward the "Blue Peninsula"《青い半島に向かって:エミリー・ディキンソンに寄す》

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It might be lonelier
Without the Loneliness -
I’m so accustomed to my Fate -
Perhaps the Other - Peace -
もっとさびしいことではないかしら
孤独というものがなかったら—
わたしはそんな自分の宿命に従うことに慣れてきました
もしかすると他のもの—安らぎが

Would interrupt the Dark -
And crowd the little Room -
Too scant - by Cubits - to contain
The Sacrament - of Him -
闇をさえぎり—
小さな部屋にひしめくでしょう—
そこはあまりにも—容積が足りない
神の秘跡を封じ込むには—

I am not used to Hope -
It might intrude upon -
Its sweet parade -
blaspheme the place -
Ordained to Suffering -
希望を持つことに慣れないのです—*1
希望は小部屋に侵入し—
甘やかなパレードで—
その場所を冒涜し—
苦しませるよう定められているものです—

It might be easier
To fail - with Land in Sight -
Than gain - My Blue Peninsula -
To perish - of Delight -
もっとたやすいのではないかしら
陸が視界にあるのに—目指す地を過(あやま)つことは—
青い半島をわがものとするより—
満悦のうちに—果てることの方が—*2

*1 エミリーは他の詩において希望を「羽根をつけた生き物」に例えている(亀井俊介編『対訳 ディキンソン詩集―アメリカ詩人選(3)』(岩波文庫))。鳥のイメージを追い求めるコーネルにも通じる。
*2 「青い半島をわがものとして/満悦のうちに果てることよりも」かもしれない。
追記:他の詩では「Drowning is not so pitiful/As the attempt to rise(溺れ死ぬのはさほどみじめなことではありません/浮き上がろうとして果たせないよりも)」とコメントしている。

opus: Joseph Cornell(1903-1972)
text: Emily Elizabeth Dickinson(1830-1886)

今回は歌詞対訳ではないので悪しからず。
なんでも箱に詰めるアーティストとして、アメリカで独特の人気を持つコーネルが、19世紀のアメリカの女流詩人ディキンソンの詩の一編に寄せたオマージュ。同じモチーフの作品がもう一つある。日本のコーネルファンはコーネルを語ってディキンソンを語らないのはけしからん。
ディキンソンは生前は全く無名で、編み物をするように詩を書き、1700編近い詩を残した。

参考文献: 『愛と孤独と エミリ・ディキンソン詩集Ⅰ』 谷岡清男訳(清は異体字)


『コーネルの箱』チャールズ・シミック著 柴田元幸訳

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by CockRobin96 | 2014-11-24 12:19 | Trackback | Comments(0)

God rest ye merry, gentlemen《神が歓びをくださるように(ほしかげさやけき)》


God rest ye merry, gentlemen,
Let nothing you dismay,
Remember Christ our Saviour
Was born on Christmas Day;
To save us all from Satan's power
When we were gone astray.
*O tidings of comfort and joy,
Comfort and joy,
O tidings of comfort and joy.
神が歓びをくださるように、御紳士がた*1
うろたえなさるな、
救い主イエス・キリストが
この日生まれたことをお忘れか。
我らをサタンの力から救い出されるために、
我らが道を誤りさまようときには。
*慰めと喜びのおとずれよ、*2
 慰めと喜び、
 慰めと歓びのおとずれよ。

From God our Heavenly Father,
A blessed angel came;
And unto certain Shepherds
Brought tidings of the same:
How that in Bethlehem was born
The Son of God by Name.
*Refrain
天の父なる神から
ほむべき天使が遣わされた。
とある羊飼いたちに
かの知らせをもたらすために。
いかにしてベツレヘムに
主の御名によりて神の御子が生まれ給うたかを。
*繰り返し

'Fear not,' then said the angel,
'Let nothing you afright,
This day is born a Saviour
Of a Virgin pure bright,
To free all those who trust in him
From Satan's power and might.'
*Refrain
「恐れるな」と天使は言った、
「怖がることはない、
 今日救い主がお生まれになったのだ、
 清く輝くおとめから。
 主を信じるものすべてを
 サタンの力と支配から解き放つため。」
*繰り返し

Now to the Lord sing praises,
All you within this place,
And with true love and brotherhood
Each other now embrace;
This holy tide of Christmas
All other doth deface:
*Refrain
今こそ主に向かいほめ歌え、
この場に連なる皆さんがた。
愛するひとと、仲間と共に
互いに今こそ抱きあおう。
このクリスマスの聖なる季節は
何ものにも汚されない。
*繰り返し

*1 本来は街角で門番などが小遣い稼ぎに、あるいは物乞いが喜捨を求めて歌った歌であろうとされている。道をゆく男性に「旦那」とか「社長」とか呼びかけている感じがそのまま残っている。
*2 おとずれは「知らせ」の古風な言い方。tidingsを「音ずれ」「音信(おとずれ)」と訳している例もある。古き良き日本語と英語のコラボ。

text: 18世紀の作者不詳の歌詞
tune: 15世紀のイギリス民謡

youが古語のyeとなっているが、youで歌うことも多い。18世紀イギリスに街角ソングとして現れ、1833年にウィリアム・サンディスに採取されて出版されて以来、現在に至るまで(イギリスでだけは)人気の高いクリスマスのキャロル。ディケンズの短編『クリスマス・キャロル』にもこの歌が引用されている。民謡によくあることとしてさまざまな歌詞で歌われていたが、イギリスの礼拝で聖歌として歌われる場合は1961年出版のCarols for Choirs(合唱隊のためのキャロル集)に収録されたバージョンが多い(rememberがforになってたり、羊飼いのシーンが長く続いたりする)。ちなみにここでとりあげた歌詞は、もっと長く続くバージョンを切り取って、聖歌の歌詞とつぎはぎしたもの。日本語訳詞に《星影さやけき》《世の人忘るな》があるが、《忘るな》は羊飼いについての歌詞が2連続く1961年版の系統とみることができる。
歌っているのはイギリスのボーイズソプラノユニット、エンジェルヴォイセズ(旧聖フィリップス聖歌隊、現リベラ)というユニット。

漫画家の坂田靖子氏お気に入りのキャロルで、このタイトルと同名のクリスマスのマンガをを描いている。

YouTubeの色んなGod rest you merryを集めたページ

日本語訳詞:
星影清(さや)けき
ベツレヘムに
光なる御子の
生(あ)れませるを
などか暗き夜に
心乱さん
*歓びのおとずれよ
 奇(くす)しき
 慰めのおとずれよ

心清(きよ)らなる
牧人(まきびと)らに
天(あめ)なる御使い
語り告げぬ
尊き神の子
生れませるを
*繰り返し

「喜べ 恐るな
 救い主は
 サタナの力を
 打ち砕きて
 呪われし民を
 解き放つ」と
*繰り返し

諸人(もろびと)こぞりて
たたえまつれ
互いに親しみ
愛を満たし
御恵み溢るる
この良き日を
*繰り返し


収録アルバム: Angel Voices 3



おまけ


さらにおまけ
Pentatonix
収録アルバム: ペンタトニックス・クリスマス

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by CockRobin96 | 2014-11-16 11:55 | Trackback | Comments(0)

Awake thou wintry earth《目覚めよ冬の大地》


Awake thou wintry earth
Fling off, fling off thy sadness.
Ye vernal flow'rs laugh forth,
laugh forth your ancient gladness.
A new and lovely tale,
through-out the land is sped,
It floats o'er hill and dale
To tell that death is dead.
目覚めよ、冬の大地よ、
振り捨てよ、お前のその悲しみを振り捨てよ。
春の花々よ大いに笑え、
いにしえから伝えられた喜びのゆえに大いに笑え。
新しくも愛しい物語が
全地を駆け抜ける。
それは丘と谷に広がり、
死の滅びをすみずみに知らせる。

Descended to the grave,
Where our belov'd lie sleeping,
Hath Christ return'd to save
man's heart from woe and weeping.
O earth, break forth and sing,
Renew thy bright array,
With fairest blooms of spring
Bestrew the Savior's way.
墓穴にくだれ、
そこは我らの最愛の人が眠りにつくところ。
キリストはそこからよみがえり給うた、
苦痛と嗚咽から人々の心を救われるために。
おお大地よ、割れよ、歌え、
お前の輝かしい衣を新たにせよ。
かぐわしい春の花々を、
救い主の歩まれる道にまき散らせ。

text: Thomas Blackburn(1916-1977)
tune: Johann Sebastian Bach(1685 - 1750)

バッハの三位一体主日用の音楽Gelobet sei der Herr《ほめたたえよ、主を》BWV129の最終曲《Dem wir das Heilig itzt mit Freu》に、ブラックバーンのイースター用の詩をあてたもの。トーマスの弟のジョンはオカルトミステリー小説家。

《Dem wir das Heilig itzt mit Freu》



オルガンのみ


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by CockRobin96 | 2014-11-09 12:54 | Trackback | Comments(0)

Sicut Cervus《鹿のように》


Sicut cervus desiderat ad fontes aquarum,
湧き水をあえぎ慕う鹿のように、
ita desiderat,
かくてあえぎ慕う、
anima mea ad te Deus.
わが魂は神なる御身を求めて。

text: 旧約聖書詩編第42編
tune: Giovanni Pierluigi da Palestrina(c.1525-1594)

パレストリーナはイタリア・ルネサンス後期の音楽家。なお、ジョヴァンニが名前、ピエルルイージが姓で、パレストリーナは単なる出身地。ヴィンチ村のレオナルドさんを「ダ・ヴィンチ」と呼ぶようなもの。教皇庁付きの音楽家として宗教曲を多く残し、「教会音楽の父」と称された。上品でシンプルで洗練された作風が特徴。

旧約聖書時代の鹿はアカシカ、ノロジカ、ダマジカの三種がいたが、どの鹿かは明記されてないし多分ヘブライ人には区別がついてない。ラテン語では単純にfontes aquarum(湧き水)となっているが、ヘブライ人が考えていたのは「ワジ」と呼ばれる雨期にだけ現れる谷川のことであろうとされている。乾期に水のある場所を求めてさすらい、雨期を熱望する鹿の心というわけである。



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by CockRobin96 | 2014-11-09 12:11 | Trackback | Comments(0)

Lord, For Thy Tender Mercy's Sake《主よ優しき憐れみを》


Lord, for thy tender mercy's sake,
主よ、優しき憐れみを垂れ給え、
lay not our sins to our charge,
罪の重荷を我らに負わせ給うなかれ。
but forgive that is past,
過ぎ去りし時の間に免じて、
and give us grace
われらにみ恵みを与え給え、
to amend our sinful lives.
罪深き生活を改めさせんことを。
To decline from sin
罪から離れ、
and incline to virtue,
徳に心を向けさせしめたまえ。
that we may walk in a perfect heart
まったき心もて歩まんことを願う、
before thee, now and evermore.
御身のみ前に今も、今から後も。
Amen.
アーメン。

text: 1566年の祈禱書の祈り(Lidley's Prayers)
tune: Richard Farrant (c. 1525 – 1580)

ファラントの前半生はよく知られていないが、王室付きの音楽家として、ヘンリー八世の息子エドワード六世からメアリー一世、エリザベス一世まで仕えていた人物。記録がまちまちなので、この曲がファラントの真作かどうか疑問が残るとも。
カトリックからイングランド独自の教派、いわゆる英国国教会(聖公会)への移行をはかっていた時期の作品。ラテン語ではなく英語を使い、また音楽的にも平易で耳に優しい曲が多く作られた。

この「まったき心もて」ってところがね、とてもいいんですよ。



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by CockRobin96 | 2014-11-09 11:53 | Trackback | Comments(0)

God be in my head《神がわがこうべにあらんことを》


God be in my head,
神がわたしの頭に宿られますように、
And in my understanding;
そしてわたしの知性に。

God be in my eyes,
神がわたしの目に宿られますように、
And in my looking;
そしてわたしの見るものに。

God be in my mouth,
神がわたしの唇に宿られますように、
And in my speaking;
そしてわたしの言葉に。

God be in my heart,
神がわたしの心に宿られますように、
And in my thinking;
そしてわたしの想いに。

God be at mine end,
神がわたしの臨終にも共におられますように、
And at my departing.
そしてわたしが世を去るときにも。

text: ソールズベリ式典礼のための小祈祷書(1558 )からとられた、宗教改革以前の古い英語の祈り
tune: Henry Walford Davies (1869-1941)

ソールズベリはイングランドでもローマ時代からの歴史を持つ土地である。時に「セーラム(セーレム)」とも略称される。初期の大聖堂、マグナ・カルタの写本、イギリス最古の機械式時計などを所有するが、何よりも「ストーンヘンジ」で知られる。

ラッター版


デイヴィス版



ラッター版


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by CockRobin96 | 2014-11-08 18:24 | Trackback | Comments(0)

It was a lover and his lass《好いた同士の彼氏と彼女》


It was a lover and his lass,
With a hey, and a ho, and a hey nonino
That o'er the green corn-field did pass.
好いた同士の彼氏と彼女、
「ヘイ、ホー、ヘイ・ノニノ」と浮かれて
青い麦畑を通り過ぎて行くよ

*In the spring time,
the only pretty ring time,
When birds do sing,
hey ding a ding a ding;
Sweet lovers love the spring.
*時は春、
 ただ輪になって踊る時
 鳥たちは歌う、
「ヘイ・ディンガ・ディンガ・ディング」と
 甘くとろける恋人たちは春が大好き!

Between the acres of the rye,
With a hey, and a ho, and a hey nonino,
These pretty country folks would lie,
*Refrain
ライ麦畑の真ん中は
「ヘイ、ホー、ヘイ・ノニノ」と浮かれて
素敵な田舎の若い衆が寝ころぶにいいところ
*繰り返し

This carol they began that hour,
With a hey, and a ho, and a hey nonino,
How that a life was but a flower
*Refrain
このキャロルを皆が歌い始める時分は*1
「ヘイ、ホー、ヘイ・ノニノ」と浮かれる頃は
わが一輪の花なしじゃ生きてられぬ
*繰り返し

And therefore take the present time
With a hey, and a ho, and a hey nonino,
For love is crownéd with the prime
*Refrain
かくして愉悦の時
「ヘイ、ホー、ヘイ・ノニノ」と浮かれるのは
愛しい人が一等賞だから
*繰り返し

*1 キャロルという言葉は今でこそクリスマスなどの宗教的な歌詞の歌を指すが、初期は非宗教的なダンスの曲だった。

tune: Thomas Morley(1557-1602)

シェイクスピアの『お気に召すまま』第5幕第3場に登場する劇中歌。道化のタッチストーン(試金石の意)といちゃつく田舎娘オードリーのふたりをからかって、ふたりのお小姓が歌う歌。
『お気に召すまま』は、『十二夜』と同じく男装のヒロインが登場し、彼女の周辺の人々を中心に恋愛ゲームを繰り広げるラブコメディ。男装前のヒロインに思いを寄せる公爵に男装後のヒロインは知らんふりし、男装のヒロインに惚れてしまう娘あり、その娘に思いを寄せる羊飼いの青年あり……というしっちゃかめっちゃかな話である。
モーリーはルネサンス末期時代の作曲家。それまで外国語歌曲が多かったイギリスで、英語で歌う歌を発展させた人物。

坪内逍遙訳『お気に召すまま』

Libby Crabtree and Musicians Of The Globe and Philip Pickett and Rachel Elliott
収録アルバム: Shakespeare's Musick - Song And Dances From Shakespeare's Plays

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by CockRobin96 | 2014-11-03 21:04 | Trackback | Comments(0)

Nunc Dimittis in B flat《変ロ音のシメオンの賛歌》


Lord, now lettest Thou Thy servant
主よ、今こそ御身はこのしもべを
depart in peace,
安らかに去らせてくださる、
according to Thy word.
その御言葉のとおりに。
For mine eyes have seen
わたしはもはやこの目で、
Thy salvation,
主の救いを見たから。
which Thou hast prepared
これこそ、主が備えられたもの
before the face of all people;
万民の面前に。
to be a light to lighten the Gentiles,
異邦人をも照らす光、
and to be the glory of Thy people Israel.
御身の民イスラエルの誉れなり。

Glory be to the Father,
栄光は父と
and to the Son,
子と
and to the Holy Ghost;
聖霊に。
as it was in the beginning,
はじめのように
is now, and ever shall be,
今も、そしてとこしえに
world without end,
世々に限りなく、
Amen.
アーメン。

tune: Charles Villiers Stanford(1852-1924)

シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。
「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
(ルカによる福音書2:34-35)

「メシアを見るまで死なない」(ルカによる福音書2:29~32)と預言された老人シメオンが、両親に連れられて神殿に参りに来た幼いイエスを見て祝福したときの言葉による。ラテン語の冒頭をそのまま取って「ヌンク・ディミティス」とも。
礼拝では夕の礼拝で常にMagnificat《マリアの賛歌》とセットにされ、福音書の前に使われる。普通は同じ調でセットにして作曲する。

in G




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by CockRobin96 | 2014-11-03 10:25 | Trackback | Comments(0)