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Firmly I believe and truly《主はみつにまして》


Firmly I believe and truly
God is Three, and God is One;
And I next acknowledge duly
Manhood taken by the Son.
我は堅く、またまことに信ず、
神は三つにしてひとつなりと。
また我は正しく信認す、
人のみ子にあがなわれしを。

And I trust and hope most fully
In that Manhood crucified;
And each thought and deed unruly
Do to death, as He has died.
我は頼み望むなり、
十字架にかけられし御身に。
放埒な思いも行いも、
滅ぼされん、み子の死をして。

Simply to His grace and wholly
Light and life and strength belong,
And I love supremely, solely,
Him the holy, Him the strong.
そのみ恵みは明らかにして満ち足り、
光、命、力を統べるなり。
我はこよなく、またただひとりを愛す、
聖なる主、強き主を。

And I hold in veneration,
For the love of Him alone,
Holy Church as His creation,
And her teachings are His own.
我は崇拝す、
主のたぐいなき愛ゆえに。
主の創られし聖なる教会は、
主を説き教えるなり。

And I take with joy whatever
Now besets me, pain or fear,
And with a strong will I sever
All the ties which bind me here.
我はこよなく喜ぶ、
痛みと怖れが我を襲うとも。
我は強く断ち切らん、
わがいましめをことごとく。

Adoration aye be given,
With and through the angelic host,
To the God of earth and Heaven,
Father, Son and Holy Ghost.
げに崇敬がささげられん、
み使いのむれにより絶え間なく。
天地(あめつち)の神に、
父と子と聖霊に。

text: John Henry Newman(1801-1890)
tune: 通称Shipstonと呼ばれるイギリスの民謡。Ralph Vaughan Williams(1872-1958)が採取しアレンジ。

「主はみつにまして」の題で古今聖歌集に納められていたが消えた。悲しい。
ロビンは好きなのだが、意外と人気がないのだろうか。三位一体主日のための聖歌。

主は三つにまして
ひとりの神と
信じかしこみて
御稜威(みいつ)を崇む

御子は人の性(さが)
とりてこの世に
生まれ給えりと
まことに知りぬ

屠られ給いし
ひとの子イエスよ
思いも業(わざ)をも
みな主に献げん

聖なる教会(みからだ)
のこし給いて
み教え与えし
主イエスを讃えん

天地(あめつち)の主なる
父 子 聖霊(みたま)を
み使いとともに
崇めまつらなん



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by CockRobin96 | 2015-01-25 22:21 | Trackback | Comments(0)

Immortal, invisible, God only wise《神の知恵ぞはかりなき》


Immortal, invisible, God only wise,
In light inaccessible hid from our eyes,
Most blessed, most glorious, the Ancient of Days,
Almighty, victorious, Thy great Name we praise.
不滅にして見えざる、唯一のかしこき神よ
光のうちにいましてなお我らの目より隠れ給う。
こよなく祝され、高められ給う、いにしえの代々より
全能にして常勝なる、大いなる御名を我ら賛美せり。

Unresting, unhasting, and silent as light,
Nor wanting, nor wasting, Thou rulest in might;
Thy justice, like mountains, high soaring above
Thy clouds, which are fountains of goodness and love.
休まず、急がず、光のごとく静かにいまして、
欲(ほっ)せず、貪(どん)せず、力強く統(す)べ給う。
御身の正義は山々のように高くそびえ、
御身の雲はみ恵みと愛より湧きたつ。

To all, life Thou givest, to both great and small;
In all life Thou livest, the true life of all;
We blossom and flourish as leaves on the tree,
And wither and perish, but naught changeth Thee.
御身よろずに命を給う、大にも小にも
御身よろずを生かし給う、まことの命を。
我ら咲き乱れ華やぐ、木の葉の如くに
我らのしおれ朽ちるとも、御身はつゆも変わらず。

Great Father of glory, pure Father of light,
Thine angels adore Thee, all veiling their sight;
All laud we would render; O help us to see
'Tis only the splendor of light hideth Thee.
大いなる栄光の父、純なる光の父
み使いら御身をあがめまつり、御顔を覆い隠さん。
我ら声を尽くさん、御身我らを助け給え
御身の秘したる輝きを見いださんことを。

text: Walter Chalmers Smith(1824-1908)
tune: 通称St. Denio。ウェールズのメロディ。


日本語訳詞:

神の知恵ぞ はかりなき
光とわに 輝けば
いとも清き 神のみ名
我らなべて ほめまつる

光の如(ごと) 黙(もだ)せども
統(す)ぶる力 限りなし
そびえ立てる 義の山に
愛に満てる 雲は湧く

とわに尽きぬ 命をば
常に給う わが神よ
やがて逝かん 我なれど
絶えず続く 主のみ業

清き誉れ あおぎつつ
神の御名を 御使いと
声を上げて うとう身を
照らし給え み光に
アーメン

「そびえたてる義の山に」ってところがとてもいいの。






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by CockRobin96 | 2015-01-22 22:42 | Trackback | Comments(0)

Say, Love if ever thou didst find《愛よ、汝かつて見たるや》


Say, Love if ever thou didst find,
A woman with a constant mind,
None but one,
And what should that rare mirror be,
Some goddess or some queen is she,
She, she, she and only she,
She only queen of love and beauty.
愛の神よ、お前が今までに*1
堅固なる心を持つ女を見たことがあるとすれば、
それはただひとりだけ。
なんと稀なる女のかがみ、
いかなる女神、あるいは女王なのか。
彼女、彼女、彼女、彼女だけが
彼女だけが愛と美の女王なのだ。

But could thy fiery poison'd dart
At no time touch her spotless heart,
Nor come near?
She is not subject to Love's bow;
Her eye commands, her heart saith no.
No, no, no, and only no,
One no another still doth follow.
お前のひりつく毒矢でも
彼女の汚れ無き心に触れるまもなく
近くに寄ることすらかなわぬのか?
彼女が愛のしもべとなることはなく
その目は見下し、心は否と言う、
否、否、否、ただ否と
否の他に答えはない。

How might I that fair wonder know,
That mocks desire with endless no.
See the moon
That ever in one change doth grow,
Yet still the same, and she is so;
So, so, so, and only so,
From heav'n her virtues she doth borrow.
どれほどにわたしはその美しさに心惹かれ、
限りなくまがいの望みを抱くのか。
月を見よ、
それは刻々と姿を変え続けるが、
変わらず同じもの、彼女もまた同じ、
同じ、おなじ、おなじ、ただおなじ、
彼女が天より借り受けたその美徳は。

To her then yield thy shafts and bow,
That can command affections so:
Love is free,
So are her thoughts that vanquish thee,
There is no queen of love but she,
She, she, she and only she,
She only queen of love and beauty.
お前の矢と弓は彼女に屈する、
彼女は想いを意のままにできるゆえに。
お前は自由だ、
だが彼女の思慮はお前を打ち破るもの。
彼女の他に愛の女王はいない、
彼女、彼女、彼女、彼女だけが
彼女だけが愛と美の女王なのだ。

*1 キリスト教的な愛ではなく、ギリシャ神話でいうエロース、ローマ神話でいうアモルもしくはクピドに相当する。翼と弓矢を持つ童子あるいは青年の姿で表現される、愛の寓意。その矢で射られたものは理性を失うほどの恋心を燃やす。

text&tune: John Dowland(1563-1626)

ダウランドはリュート奏者として知られる。青年時代までイギリスで過ごすが、王室付き音楽家を目指し就職活動するも失敗。ドイツ、イタリア、デンマークを渡り歩き、デンマーク王室付きリュート奏者として働きつつ、作曲集出版にも励んだ。この曲はエリザベス一世に捧げられたマドリガルだが、これが発表された頃にはエリザベスはすでに死去している。また、ダウランドがイギリス王室付き音楽家になるための就職活動の一環であったという説もある。しかし「国と結婚した」と公言し、大航海時代を制し、大英帝国繁栄の基礎を築きあげたエリザベスに対する国民の崇敬はなみなみならぬものであり、流行歌であるマドリガルの題材としても不思議ではない。
ダウランドはこの曲を収録した第三作曲集出版後、五十路にして悲願であったイギリス王室付きリュート奏者になっている。



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by CockRobin96 | 2015-01-20 22:17 | Trackback | Comments(0)

Star of the County Down《ダウン州の輝ける星》Swingle Singers


Near Banbridge town, in the County Down
One morning in July
Down a borreen green came a sweet colleen
And she smiled as she passed me by.
Oh she looked so neat from her two white feet
To the sheen of her nut-brown hair
Such a coaxing elf I'd to shake meself
To make sure I was really there.
ダウン州のバンブリッジ・タウンのそば、
七月の朝のことさ
緑の野辺を愛らしいアイルランド娘が降りてきて
そして通りがかった俺に微笑みかけたんだ
ああ、彼女はそれは素敵だった、二本のまっ白い足から、
亜麻色の髪の先のきらめきまで
こんな魅惑的な妖精がいるのかと、俺は頭を振ってみた、
俺がちゃんと生きてるのか確かめようと。

*From Bantry Bay up to Derry Quay
And from Galway to Dublin Town
No maid I've seen like the brown colleen
That I met in the County Down.
 バントリー湾からデリー波止場にあがり
 ゴールウェイからダブリンまで行っても、
 亜麻色の髪のアイルランド娘ほどの乙女はあるまい
 俺がダウン州で逢った娘ほどのは。

As she onward sped I scratched my head
And I gazed with a feeling quare
There I said, says I, to a passer-by
"Who's the girl with the nut-brown hair?"
Oh he smiled at me and with pride says he,
"That's the gem of Ireland's crown.
 Young Rosie McCann from the banks of the Bann,
 She's the star of the County Down."
*Chorus
彼女は走り去り、俺は頭をかき乱して、
激しい想いを抱いて彼女を見つめていた。
俺は聞いた、道行く人に尋ねたのさ
「あの亜麻色の髪の娘は誰なんだい?」
ああ、そいつは微笑んで得意げに俺に言った、
「あれこそアイルランド王の冠の宝石、
 バンの土手から来たうら若きロージィ・マッカン、
 彼女こそダウン州の輝ける星。」
*くりかえし

At the harvest fair she'll be surely there
And I'll dress in my Sunday clothes
And I'll try sheep's eyes and deludhering lies
On the heart of the nut-brown rose.
No pipe I'll smoke, no horse I'll yoke
Tho' my plough with rust turn brown
'Til a smiling bride by my own fireside
Sits the star of the County Down.
*Chorus
収穫祭にもあの娘はきっとくるだろう
俺は日曜日用のきれいな服を着よう
流し目を送り、あざむきすかして
亜麻色の薔薇の心を掴もう。
パイプもふかさない、馬にもくびきをかけない
くわが赤錆で茶色になったとしても
俺んちの炉辺に微笑む花嫁が
ダウン州の輝ける星が座ってくれるまでは。
*繰り返し

test & tune: アイルランド民謡

アイリッシュ・ローバーズバージョンも参考のこと。
ちらっと見初めた女の子をストーカーする(そこまで言ってない)上にやや謎めいた歌詞(ロージィ・マッカンとは何者なのかとか)の割に、非常に人気の高い民謡で、多くのシンガーがカバーしている。なので、以下に色んなバージョンを集めてみた。

オーソドックス・ケルツ


キングス・シンガーズ


ヴァン・モリソン&チーフタンズ


スウィングル・シンガーズ版



オーソドックス・ケルツ版



キングス・シンガーズ版



チーフタンズはなかった
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by CockRobin96 | 2015-01-09 22:10 | Trackback | Comments(0)

Star of the County Down《ダウン州の輝ける星》Irish Rovers


Near Banbridge Town in the County Down*1
One morning last July,
Down a boreen green came a sweet colleen
And she smiled as she passed me by.
She looked so sweet from her two bare feet
To the sheen of her nut brown hair.
Such a coaxing elf, sure I shook myself
For to see I was really there.
ダウン州のバンブリッジ・タウンのそば、
去年の七月のある朝のことさ
緑の野辺を愛らしいアイルランド娘が降りてきて
そして通りがかった俺に微笑みかけたんだ
ああ、彼女はそれは素敵だった、二本のまっ白い足から、
亜麻色の髪の先のきらめきまで
かくも魅惑的な妖精に、俺はほんとにびっくりした、
俺が見たものは現実かと。

*From Bantry Bay up to Derry Quay and
From Galway to Dublin Town,
No maid I've seen like the fair colleen
That I met in the County Down.
*バントリー湾からデリー波止場にあがり
 ゴールウェイからダブリンまで行っても、
 この美少女ほどの乙女はあるまい
 俺がダウン州で逢った娘ほどのは。

As she onward sped, sure I scratched my head,
And I looked with a feelin' rare,
And I say's, say's I, to a passer-by,
"Whose the maid with the nut brown hair"?
He smiled at me and he says's, say's he,
"That's the gem of Ireland's crown.
It's Rosie McCann from the banks of the Bann,
She's the star of the County Down".
*Chorus
彼女は走り去り、俺は頭をかきむしり、
心を高ぶらせて彼女を見つめていた。
俺は聞いた、道行く人に尋ねたのさ
「あの亜麻色の髪の娘は誰なんだい?」
ああ、そいつは微笑んで俺に言った、言ったのさ
「あれこそアイルランド王の冠の宝石、
 バンの土手から来たロージィ・マッカン、
 彼女こそダウン州の輝ける星。」
*くりかえし

She had soft brown eyes with a look so shy
and a smile like a rose in June.
And she sang so sweet what a lovely treat,
as she lulled to an Irish tune.
At the patterns dance i was in the trance
As she whirled with the lads of the town.
And it broke my heart just to be apart,
From the star of the County Down.
*Chorus
はにかみを含んだやさしい茶色の瞳、
六月の薔薇のようなほほえみ。
なんと愛らしい節回しで歌うのか、
彼女がアイルランドの歌を口ずさむ時は。
パトリック祭のダンスで俺は呆然となった、*2
彼女が町中の若い連中とくるくる踊っていたから。
俺の心が砕かれたのはまさにそのとき、
ダウン州の輝ける星と離ればなれになってから。
*くりかえし

At the Harvest Fair she'll be surely there
And I'll dress in my Sunday clothes,
With my shoes shone bright and my hat cocked
Right for a smile from my nut brown rose.
No pipe I'll smoke, no horse I'll yoke
Till my plough turns rust coloured brown.
Till a smiling bride, by my own fireside
Sits the star of the County Down.
*Chorus
収穫祭にもあの娘はきっとくるだろう
俺は日曜日用のきれいな服を着よう
靴を磨いてピカピカにし、帽子を傾けて、
亜麻色の薔薇の前ではお行儀よくしよう。
パイプもふかさない、馬にもくびきをかけない
くわが赤錆で茶色になったとしても
俺んちの炉辺に微笑む花嫁が
ダウン州の輝ける星が座ってくれるまでは。
*くりかえし

*1 カウンティは「県」と訳することもある。ダウン州は北アイルランド(一応イギリスに組み込まれている)の州の一つ。「嵐が丘」や「ジェーン・エア」で有名なブロンテ姉妹のお父さんがダウン県の出身なので、「ブロンテ州」という愛称がある。バンブリッジまで行商に行ったときに何故かミルトンの「失楽園」を買ってきた変な人。貧しい職人から身を起こしてケンブリッジ大学に入り、牧師になったとても偉い人。でも子供たちが軒並み早死に。
*2 聖パトリック(聖パトリキウス)はアイルランドにキリスト教を伝えた人物で、アイルランドの守護聖人。祝祭日は3月17日で、アイルランド他アイルランド系移民が多いアメリカでも盛大に祝われる。この日はシンボルとしてシャムロック(クローバーやカタバミなどの三つ葉の葉っぱの総称)か緑のものを身につける。

text&tune: アイルランド民謡

アイルランドの民謡。歌詞は何パターンかあり、ここではアイリッシュ・ローバーズによる歌詞を対訳。
「星」の意訳として「カウンティ・ダウンのピカ一娘」という邦題もある。
聖歌集に取り入れられて、『主のみ手はかつて』という聖歌で使われた。
メロディの通称は「Kingsford」、何故かイギリス民謡ということになっていた。ヴォーン・ウィリアムズが編集したせいかもしれん。


主のみ手はかつて》(ニコニコに飛びます)

The Irish Rovers
収録アルバム: The Irish Rovers' Gems


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by CockRobin96 | 2015-01-09 21:57 | Trackback | Comments(0)

Brightest and Best《奇しく光る明星の》


Brightest and best of the sons of the morning,
Dawn on our darkness and lend us Thine aid;
Star of the East, the horizon adorning,
Guide where our infant Redeemer is laid.
暁の星の子らの中で最も麗しく輝く星よ、
お前の助けを借りて、我らの暗闇は明け初める。
東方の星よ、地平を飾るものよ、
我らを幼き購い主の眠るところへ導けよ。

Cold on His cradle the dewdrops are shining;
Low lies His head with the beasts of the stall;
Angels adore Him in slumber reclining,
Maker and Monarch and Savior of all!
そのゆりかごには夜露が冷ややかに煌めき
馬小屋のけものたちは皆こうべを垂れる。
天使たちがくつろがれる主をあがめまつる、
造り主であり、王者であり、万民を救われる方を!

Say, shall we yield Him, in costly devotion,
Odors of Edom and offerings divine?
Gems of the mountain and pearls of the ocean,
Myrrh from the forest, or gold from the mine?
さあ、貴い献げものの中から何をお献げしようか、
エドムの香油か、もっと素晴らしい貢ぎ物か?*1
山地の宝石か、大海の真珠はどうか、
森林の乳香、鉱脈の黄金はどうだろうか?

Vainly we offer each ample oblation,
Vainly with gifts would His favor secure;
Richer by far is the heart's adoration,
Dearer to God are the prayers of the poor.
おごれる我らの豊かな献げもの、
おごりの伴う贈り物は主の御心を頑なにする。
心からの崇敬は富める者には難しいこと、
貧しき者の祈りこそ神の喜ばれるもの。

*1 エドムは古代に貿易で栄えた土地。

text: Re­gi­nald He­ber (1783-1826)
tune: James Proctor Harding (1850-1911)

彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。
学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
家に入ってみると、幼子は母マリアと主におられた。
彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
(マタイによる福音書 第2章9-11節)

通称Morning Star《朝の星》。「奇しく光る明星の、白金の光をば……」で始まる訳詞があるが、日本聖公会の古今聖歌集ではこのメロディーはなぜか《闇の帳あけやらで Saw you never in the twilight》の歌詞で歌われる。
東方の三人の博士(マギ)については《我らは東方の三人の王》を参照。マギの到来を記念する祝日は1月6日だが、東方正教会ではこの日こそがクリスマスであるとしている。また、キリスト教初期でも12月25日説と1月6日説で意見が分かれていた。本来、イエスが生まれた季節はもっと暖かい季節であろうと推測され(パレスチナ地方では冬は雨期にあたるので、羊を野外に置くことができない)、12月25日にせよ1月6日にせよ飽くまでも「キリストの誕生を記念する日」に過ぎない。しかしキリスト教以前に北欧にあった冬至の祭り(最も日照時間が短い冬至に、太陽の再生を祈る)と融合し、暗い冬の慰めと楽しみとして、宗教の違いを越えて欠かせない行事となった。

日本語訳詞:
奇(く)しく光る明星の
白金(しろかね)の光をば
暗き道のしるべとし
救い主訪ねばや

夜半(よわ)の露冷ややかなる
うまやにて生(あ)れませる
御子の臥所(ふしど)をまもりて
み使いは歌いける

エドムの匂い油か
黄金(こがね)はた没薬(もつやく)か
なに礼物(いやしろ)に捧げて
君の君伏し拝まん

貧しきものの祈りと
真心のほめ歌を
主は喜び受け給わん
世の宝に勝りて

エドワード・バーン=ジョーンズ『東方の星』
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by CockRobin96 | 2015-01-05 22:24 | Trackback | Comments(0)

The Twelve Days of Christmas《クリスマスの十二日》


On the first day of Christmas,
my true love sent to me
A partridge in a pear tree.
クリスマスの最初の日に、
わたしの愛しい人がくれたもの。
梨の木にいる一羽の山うずら。*1

On the second day of Christmas,
my true love sent to me
Two turtle doves,
and a partridge in a pear tree.
クリスマスの二日目に、
わたしの愛しい人がくれたもの。
二羽の小雉鳩(こきじばと)、*2
梨の木にいる一羽の山うずら。

On the third day of Christmas,
my true love sent to me
Three French hens,
Two turtle doves,
and a partridge in a pear tree.
クリスマスの三日目に、
わたしの愛しい人がくれたもの。
三羽のフランスの雌鶏、
二羽の小雉鳩、
梨の木にいる一羽の山うずら。

On the forth day of Christmas,
my true love sent to me
Four colly birds,
Three French hens,
Two turtle doves,
and a partridge in a pear tree.
クリスマスの四日目に、
わたしの愛しい人がくれたもの。
四羽の真っ黒い小鳥、
三羽のフランスの雌鶏、
二羽の小雉鳩、
梨の木にいる一羽の山うずら。

On the twelfth day of Christmas,
クリスマスの十二日目に、
my true love sent to me
わたしの愛しい人がくれたもの。
Twelve drummers drumming,
十二人の太鼓を叩き鳴らす太鼓たたき、
Eleven pipers piping,
十一人の笛を吹き鳴らす笛吹き、
Ten lords a-leaping,
十人の跳ねる殿方、
Nine ladies dancing,
九人の踊るご婦人方、
Eight maids a-milking,
八人の乳しぼりするおとめたち、
Seven swans a-swimming,
七羽の泳ぎまわる白鳥、
Six geese a-laying,
六羽の卵を抱いた鵞鳥、
Five gold rings,
五つの金の輪っか、
Four colly birds,
四羽の真っ黒い小鳥、
Three French hens,
三羽のフランスの雌鶏、
Two turtle doves,
二羽の小雉鳩、
and a partridge in a pear tree.
梨の木にいる一羽の山うずら。

*1 山うずらと訳したが、地域によってはイワシャコ、アメリカの一部ではエリマキライチョウを指す。
*2 日本のキジバトに似ているが、一回り小さく、ヨーロッパに分布する。優しい声で鳴く情愛の深い鳥とされ、loveと韻を踏んだりする。映画『ホーム・アローン2』では友情の象徴として言及された。

text: James Orchard Halliwell-Phillips (1820-1889)
tune: 作者不詳

このキャロルの起源は、キリスト教が伝わる以前の異教の数え歌とも、またラテン語の古歌とも言われている。初期の歌詞はまちまちで、聖書に登場する三位一体や四福音書を数え歌に読み込んだもの、ごちそう尽くしなどがあった。英語での文献初出は1780年の遊戯紹介本("Mirth without Mischief")。英文学者でマザーグース(イギリスではナーサリーライムズと呼ぶ)の研究者であったハリウェルの歌詞が最もよく歌われているが、同じ英語圏でも、例えばオーストラリアでは「ユーカリの木の上のエミュー(An emu up a gum tree)」など、現地の動植物を読み込んで歌われる。
余談だが、ハリウェルは大学時代に図書館から貴重な本を盗み出して売り飛ばしたという前科があり、著名な蔵書家として知られたトマス・フィリップスの娘婿になった時にハリウェル=フィリップス姓を名乗ることを要求したが、フィリップスは死ぬまで許さなかったといういきさつがある。

有名どころの器楽曲を読み込んだ替え歌


収録アルバム: The Best Carols in the World...Ever!



替え歌版


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by CockRobin96 | 2015-01-05 22:06 | Trackback | Comments(0)

The Seven Joys of Mary《マリアさまの七つのお喜び》


The first good joy that Mary had,
It was the joy of one
To see her own son Jesus Christ
When He was first her Son.
 When He was Her first Son, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの最初のお喜び、
一番目のお喜び。
ほむべきイエス・キリストをご覧になったこと、
主が初めての御子となられたときに、
 主が、かの方が初めての御子となられたときに。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

The next good joy that Mary had,
It was the joy of two
To see her own son Jesus Christ,
To make the lame to go.
 To make the lame to go, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
二番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
足の不自由な人を歩かせたのをご覧になったこと*1
 主が、かの方が足の不自由な人を歩かせたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

The next good joy that Mary had,
It was the joy of three.
To see her own son Jesus Christ,
To make the blind to see.
 To make the blind to see, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
三番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
見えない人の目を開かせたのをご覧になったこと*2
 主が、かの方が見えない人の目を開かせたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。


The next good joy that Mary had,
It was the joy of four.
To see her own son Jesus Christ,
To read the Bible o'er.
 To read the Bible o'er, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
四番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
聖書を読み終えられたのをご覧になったこと*3
 主が、かの方が聖書を読み終えられたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

The next good joy that Mary had,
It was the joy of five.
To see her own son Jesus Christ,
To bring the dead alive.
 To bring the dead alive, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
五番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
死者をよみがえらせたのをご覧になったこと*4
 主が、かの方が死者をよみがえらせたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

The next good joy that Mary had,
It was the joy of six.
To see her own son Jesus Christ,
Upon the Crucifix.
 Upon the Crucifix, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
六番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
十字架にあげられたのをご覧になったこと
 主が、かの方が十字架にあげられたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

The next good joy that Mary had,
It was the joy of seven.
To see her own son Jesus Christ,
To wear the crown of Heaven.
 To wear the crown of Heaven, Good man;
 And blessed may he be,
 Both Father, Son, and Holy Ghost,
 To all eternity.
マリアさまの次のお喜び、
七番目のお喜び。
御子イエス・キリストが、
天の冠を戴いたのをご覧になったこと
 主が、かの方が天の冠を戴いたのを。
 そして主が祝されますように、
 父と子と、聖霊が共に、
 とこしえに限りなく。

*1 イエスが寝たきりの病人を癒すエピソードは多々あるが、足の不自由な人を癒すというエピソードはイエスが昇天してからの物語である『使徒言行録』(14:08)の方にしかない。
*2 全福音書に登場する奇跡。該当する箇所は複数ある。
*3 イエスは旧約聖書に精通しており、しばしば引用している。旧約聖書の預言を成し遂げた、とも読める。
*4 特に知られるのは、『ヨハネによる福音書』第11章の「ラザロの復活」というエピソード。残りの三福音書では「ヤイロの娘」のエピソードとなっている。

text & tune: 15世紀頃の作者不詳の民謡をStephen Cleobury(1948-)がアレンジ

八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。
これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。
(ルカによる福音書 第2章21節)

カトリックでは、聖母には「七つの喜び」と「七つの悲しみ」の運命があるとする。喜びは受胎告知エリサベト訪問イエスの誕生マギの礼拝、イエスの神殿奉献、少年時代に迷子になったイエスの再発見(ルカ2:41)、そして聖母の戴冠であるが、このキャロルはそれには準じていない。六番目はむしろ「悲しみ」として、暗い調子で歌われることが多い。

1月1日はイエスの命名日、及び割礼で初めて血を流した日として記念されている。ちなみにイエスはギリシャ語の読み方で、ヘブライ語読みではヨシュア。当時ではありふれた一般的な名前であった。マンテーニャによる画像では、40日後にあるはずの神殿奉献と混同されている。

マンテーニャ『キリストの割礼』
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収録アルバム: A Festival of Nine Lessons and Carols


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by CockRobin96 | 2015-01-03 22:25 | Trackback | Comments(0)